1980年代初頭のアパート暮らしと風呂のない生活|昭和の下宿文化を振り返る

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今では想像もつかないかもしれませんが、私が20代前半だった1980年代初頭、東京で1人暮らしの若者の多くは「風呂なしアパート」に住んでいました。私のアパートにもお風呂はなく、銭湯へ通うのが当たり前の生活でした。

風呂なしアパートが当たり前だった時代

当時は、私だけでなく 1人暮らしの友人たちも皆、風呂のない部屋に住んでいました。男性だけでなく、女性でも風呂なしのアパートに住んでいる人もいました。銭湯が休みの日や、疲れて出かける気になれない夜は、「今日は風呂はいいか」とそのまま寝てしまうことも珍しくありませんでした。

今のように「清潔でなければいけない」という社会ではなかった。むしろ、そうした少し不潔な日々の中にも、人との温もりや人情がありました。

母の時代は「もらい湯」文化

さらに時代を遡ると、私の母の若い頃には「もらい湯」という文化がありました。近所の家で週1~2回程度 風呂を借りるという、今では考えられない習慣です。地域のつながりが深く、貧しくても助け合うのが当たり前の社会でした。

上京してまで夢を追った若者たち

私を含め、多くの若者はそんな不便な暮らしを選んででも、東京でしか叶えられない夢を追い求めて上京しました。渋谷、原宿、六本木、麻布……眠らない街の片隅で、夜通し夢を語り合ったあの頃。経済的には苦しくても、心は豊かでした。

当時の東京には、便利さよりも「生きる実感」がありました。風呂のない暮らしをしながらも、誰もが希望に満ちていました。

初めての風呂付きアパートと感動の瞬間

私が25歳頃、ようやく風呂付きのアパートに引っ越しました。初めて自分の部屋の風呂に入った時の感動は、今でも鮮明に覚えています。誰もいない部屋で、何度も「風呂って良いな~」と声を出していました。それほどまでに、風呂があるアパート暮らしは夢のようだったのです。

便利すぎる現代への思い

今ではどんな狭いアパートにも、当たり前のようにシャワーやお風呂が備わっています。清潔で快適な生活が当たり前の時代ですが、あの頃の不便な暮らしには、人の強さや絆が確かにありました。

何もかもが便利になった今だからこそ、あの時代の「不便の中の豊かさ」を忘れたくないと思うのです。


まとめ:
昭和の風呂なしアパート生活は不便でしたが、そこには夢と人情がありました。便利さに慣れきった今こそ、当時のように「小さな幸せ」を感じる心を持ち続けたいものです。