私が小学生だった頃に放送されていた「生き別れ番組」と、
現代の同じジャンルの番組とでは、
内容や重みがまったく違うと感じています。
今の番組が悪いという訳ではありませんが、
当時の番組には、時代そのものの過酷さが
そのまま映し出されていました。
強烈に記憶に残る「それは秘密です」
特に鮮明に覚えているのが、
桂小金治が司会を務めていた
「それは秘密です」という番組です。
子供心にも企画内容は非常に強烈で、
毎回のように泣きながら見ていた記憶があります。
戦争と貧しさが生んだ生き別れ
番組で取り上げられていた多くのケースは、
戦争の影響と深く結びついていました。
たとえば、中国からの引き上げ船で迷子になり、
家族と生き別れてしまった人。
日本へ帰国できた家族とは別に、
病気のため中国に残されてしまった人。
また、貧しさゆえに子供のいない家に引き取られ、
後に実子が生まれたことで冷遇され、
顔も覚えていない本当の親に会いたいと願う人もいました。
本人の意思とは無関係な人生
貧しさから奉公に出されたり、
金銭と引き換えに労働力として扱われたりと、
本人の意思とは無関係に人生を決められた人ばかりでした。
今で言う「養護施設」も、
当時は「孤児院」と呼ばれ、
出生の秘密を番組スタッフが調査するという形で、
物語が進んでいきました。
今振り返って感じる番組の強烈さ
冷静に振り返ると、
番組の企画上、
辛い体験をした本人の証言だけをもとにした、
一方的な生い立ちの描かれ方だった部分もあったと思います。
それでも、あの番組が放つ空気や重さは、
今では考えられないほど強烈でした。
思い出すだけで胸が熱くなる
こうして記事を書いている今でも、
当時の場面を思い出すと、
自然と目頭が熱くなってきます。
忘れられない桂小金治の言葉
エンディングで語られる
桂小金治の名フレーズも、
いくつか今でも覚えています。
「母を探して西、東、幼き日々にいそしんだ・・・」
「粉雪舞い散る雪国に、一人ぽっつり残された・・・」
あの独特の語り口と表現が、
視聴者の心に深く突き刺さりました。
現代の生き別れ企画に感じる傾向
一方、現代の生き別れ企画は、
親の身勝手な離婚をきっかけにしたものが多く、
片親で育った人が親を探すという
パターンが目立ちます。
内容としては、ほぼこの流れに集約されている印象です。
時代が変わっても変わらない人間模様
共通して語られる証言として多いのは、
父親による暴力や酒癖の問題などです。
時代背景は大きく違っても、
人間の身勝手さや弱さは、
いつの世も変わらないものなのだと、
あらためて感じさせられます。

