“面倒くさい”を意識的に避ける理由
私は普段、「面倒くさい」という感覚を、なるべく持たないようにしています。
なぜなら、その感覚は単なる怠けではなく、脳のネットワークが少しずつ衰え始めているサインのように思えるからです。
もちろん、人間ですから疲れる事はあります。
しかし、「面倒だからやらない」という思考が強くなると、脳はますます“考えなくなる方向”へ進んでしまう気がしています。
道筋が見えると、人は動ける
どれほど大変な作業でも、「どうすれば解決できるか」という道筋、いわゆる“勝ち筋”が見えている時、人は意外と頑張れるものです。
必要なのは、完成までの流れを頭の中で組み立てる力。
そして、それを一気に進める集中力と体力です。
逆に、何から始めれば良いか分からない時、人は急激に面倒に感じ始めます。
高齢になると“面倒くささ”が増える理由
高齢者の中には、以前なら普通にできていた事を「面倒だ」と感じる人が増えていきます。
それは単なる性格ではなく、“完成までのネットワーク”を頭の中で組み立てにくくなっているのかもしれません。
つまり、最終地点までのイメージが持てない。
だから途中で疲れてしまい、行動を起こす前に止まってしまうのです。
その結果として、短気になったり、我慢が難しくなったりする部分もあるように感じます。
脳のネットワークは「動きながら」維持される
普段から、自分がどのように行動しているかを意識する事も大切だと思っています。
例えば車の運転でも、周囲を見ながら先を予測し、危険を回避し、目的地まで効率良く進む。
これは脳内で常にネットワークを動かしている状態です。
つまり、人は“考えながら動く”ことで、脳の回路を維持しているのかもしれません。
ただし、人間関係は別問題
とはいえ、自分一人の問題であれば頑張れても、他人が絡むと話は別です。
時には、「なんだ、こいつ面倒くせ~」と感じる事もあります。
人間同士ですから、それは避けられません。
特に、話が通じなかったり、感情論だけで進む相手だと、解決までの道筋が見えづらくなります。
すると脳は、「これはコストが高い」と判断し、強い疲労感を感じるのでしょう。
“面倒くさい”を禁句にする意味
それでも私は、自分の中で「面倒くさい」という言葉を、できるだけ禁句にしています。
なぜなら、その言葉は単なる感想ではなく、
「自分の脳が道筋を作れなくなっている状態」を意味する気がするからです。
道筋が見えれば、人はかなりの事を乗り越えられる。
逆に、考える事を放棄すると、脳のネットワークは弱っていく。
そう考えると、「面倒くさい」は小さな言葉ですが、意外と危険なサインなのかもしれません。
頭脳だけではなく、体力も重要
もちろん、脳だけでは解決できません。
それを支える体力も非常に重要です。
どれほど良い計画を立てても、実行するエネルギーが無ければ前へ進めません。
だからこそ、運動、睡眠、食事など、基本的なコンディション維持も大切になります。
効率良く進むために必要なこと
無理をして突っ走るだけでは長続きしません。
効率良く進むには、事前準備や慎重さも必要です。
先を予測し、問題が起きそうな部分を先回りして潰しておく。
その積み重ねが、結果的に“楽に進める力”になります。
つまり、本当に重要なのは、「勢い」ではなく「設計力」なのかもしれません。
まとめ:脳は“使い続ける姿勢”で変わる
人間は、考えることを止めると、少しずつ機能が鈍っていく。
逆に、「どうすればできるか」を考え続けることで、脳のネットワークは維持される気がしています。
だからこそ、これからも自分の中で「面倒くさい」は禁句。
問題に対して、道筋を見つける努力だけは続けていきたいと思っています。
