1970〜80年代初頭のサーファーファッションとハマトラ・ニュートラ文化|青春を彩った横浜・東京トラッドスタイル

カルチャー

1970年代後半から1980年代初頭にかけて、若者たちの間で「サーファーファッション」が一大ブームを巻き起こしました。
中でも、女性たちの間で人気を二分したのが、横浜発の「ハマトラ(ハマトラディショナル)」と、東京を中心とした「ニュートラ(ニュートラディショナル)」という2つのトラッドスタイルです。

ハマトラとニュートラ ― お嬢様系ファッションの二大潮流

「ハマトラ」はその名の通り“横浜トラディショナル”の略。上品で清楚、どこかお嬢様的な柔らかい印象のスタイルでした。
対して「ニュートラ」は“ニュー・トラディショナル”。少し大人びた洗練された雰囲気を持ち、当時の東京・六本木や青山の香りを感じさせるファッションでした。

春夏のハマトラ派は、ポロシャツ、巻スカート、ミハマのパンプス、肩に掛けたバックパックが定番。
冬になるとダウンジャケットが主流で、全体的にカジュアルでありながら清潔感のある印象です。

一方、ニュートラ派はもう少し大人っぽく、ブラウスやスカートに高級感の漂う素材を好みました。ポロシャツは両派共通で「エレッセ」「セルジオ・タッキーニ」などのテニスブランドが人気。
しかし、持ち物には明確な違いがあり、ニュートラ派はルイ・ヴィトン、セリーヌ、エルメス、グッチなどのブランドバッグやスカーフを愛用していました。

顔立ち・身長・地域で分かれるファッション選択

当時の私の印象では、女性の顔立ちや身長、遊びに行く地域のディスコによって、どちらのスタイルが似合うかが分かれていました。

  • 面長で大人っぽい女性 → ニュートラ派が自然にフィット
  • 丸顔で可愛らしい印象の女性 → ハマトラ派の柔らかいスタイルが似合う
  • 背の高い女性 → ニュートラの洗練されたラインが映える
  • 背の低い女性 → ハマトラの可愛いトーンが調和

地域的にも傾向があり、六本木のディスコ派はニュートラ、渋谷や新宿ではハマトラの雰囲気が主流でした。

メイクと素材の「質感のバランス」

この2つのファッションは、メイクにも明確な違いを生みました。
ハマトラ派はコットン素材が中心だったため、濃いメイクではバランスが取れません。
一方、ニュートラ派のシルクやレーヨン素材には、ある程度しっかりとしたメイクが似合いました。
「素材と顔の調和」を重んじる感覚が、当時すでにファッションの一部として浸透していたのです。

サーファー派とスキー派 ― 若者の遊び文化

ファッションとは直接関係ありませんが、当時の若者文化では「サーファー派」か「スキー派」かという分かれ方も存在しました。
私の周りでは、圧倒的にスキー派が多かったです。理由は簡単で、スキーの方が手軽で始めやすく、サーフィンは技術的にも金銭的にも敷居が高かったのです。

それでも、どちらの派にも共通していたのは、「自分らしいスタイルを持ちたい」という思い。ファッションも遊びも、すべてが“自分の生き方”を映す鏡でした。

同調と個性のはざまで

1970〜80年代の若者たちは、仲間意識を大切にしながらも、自分の個性をどこかで表現したいと願っていました。
ハマトラもニュートラも、単なるファッションではなく、ライフスタイルそのものを象徴していたのです。

あの頃、渋谷や横浜の街角を歩く若者たちは、ファッションを通して「自分が何者か」を探していました。
今思えば、それが青春そのものでした。