人はいつ「気をつける人」になるのか?若い頃の反省と危険予知という習慣

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私の知人に、店舗を経営し多くのスタッフを抱えている人がいます。仕事の話をしていると、よく話題になるのが「小さな確認ミスが大きな事故につながる」ということです。

ニュースを見ていても、ちょっとした確認不足や思い込みが原因で大事故につながるケースは少なくありません。特に若い人が関係している事故も多く、経験の差が大きく影響しているのではないかと感じることがあります。

若い頃は、どこかいい加減だった

そうした話を聞くたびに、自分の若い頃を思い出します。

振り返ってみると、当時の私はかなりいい加減な部分が多かったと思います。

自分の行動や仕事のやり方が、後で誰かを困らせる可能性があるということを、あまり深く考えていませんでした。

人に何かを引き渡すときも、「これでもか」というほどの最終チェックをしていたかというと、正直かなり甘かった気がします。

今になって振り返ると、若い頃は物事を十分に知らないまま、どれだけの人に迷惑をかけていたのだろうと思います。

もしかすると、仕事の上で小さな傷のようなものも残していたかもしれません。

思い出すと心が痛む記憶

過去を振り返ると、心が少し痛くなることがあります。

若い頃の失敗や配慮の足りなかった行動を思い出すと、「もう少し気をつけていれば」と思うこともあります。

しかし、人はそうした痛みのある記憶を通して学んでいくものなのかもしれません。

痛みを伴った経験ほど、強く記憶に残るものです。

今は「いい加減」と思われることが許せない

現在は、昔とは考え方が大きく変わりました。

自分が「いい加減な人間」と思われること自体が、どうしても許せないのです。

そのため、仕事でも日常生活でも、できるだけ確認を怠らないように気をつけています。

いい加減な人間では、実質的で合理的な優しさを人に提供することはできないと思うからです。

本当に人の役に立つためには、まず自分の仕事や行動を丁寧に行う必要があります。

絵を描くことで身についた「想像力」

私にとって大きな変化の一つは、絵を描くようになったことです。

絵を描くという行為は、物事をよく観察し、頭の中で形をイメージする作業でもあります。

今では、実際の景色を目の前で見なくても、残像だけでスケッチブックに描くことができるようになりました。

つまり、頭の中にイメージを作る習慣が自然と身についてきたのです。

危険を頭の中で「絵」にする

この習慣は、仕事や日常生活にも影響しています。

例えば、自分のチェックミスが原因で事故が起きた場合、どんな状況になるのかを頭の中でイメージできるようになりました。

つまり、危険を「頭の中の絵」として想像できるのです。

この感覚が、いわゆる危険予知能力なのかもしれません。

そのため、以前よりも物事に対して敏感になりました。

同時に、色々なことに対して恐怖心も生まれるようになりましたが、それは悪いことではないと思っています。

相手の立場に立つことはいつ身につくのか

人の立場に立って考えるということは、いつ自然に身につくのでしょうか。

自分を振り返ると、20代の頃はまだ弱かった気がします。

30代でも、完全に身についていたとは言えません。

やはり経験を重ねることで、少しずつ理解していくものなのだと思います。

だからこそ、経験の少ない20代の人に重大な仕事を任せる場合は、注意が必要なのかもしれません。

職業意識がまだ十分に育っていない場合もあるため、丁寧な説明や確認が重要になるのでしょう。

10代や20代というのは、そういう時期なのかもしれません。

本当の意味で職業意識が強くなるのは、30代くらいからなのではないかと感じています。

頭の中でイメージする習慣

私がいつも自分に言い聞かせていることがあります。

それは、物事を頭の中でイメージとして描くことです。

行動の結果を想像することは、人間にとってとても大きな力だと思います。

何かをする前に、その先に起きる可能性を頭の中で描く。

それだけで、多くのミスや事故を防ぐことができるのではないでしょうか。

65歳になって思うこと

現在、私は65歳になりました。

危険予知能力が少しでも身についているのであれば、この先の生活でも役に立つはずだと思っています。

特に年齢を重ねると、転ぶだけでも状況が大きく変わってしまう可能性があります。

たった一度の転倒で生活が一変することもあり得ます。

だからこそ、起きている時間はできるだけ神経をしっかりさせておくことが大切だと感じています。

若い頃の反省や経験を活かしながら、これからも丁寧に日常を過ごしていきたいと思っています。