スマホを置いて文庫本を開く ― 電車の中で取り戻した「考える時間」

ライフスタイル

最近、電車では文庫本を読むようにしました

最近、電車に乗る時は、スマートフォンではなく文庫本を読むようにしています。

もちろん、スマートフォンが便利な道具であることは十分承知しています。

ニュースも読めますし、調べ物もできます。LINEで連絡も取れますし、動画や音楽も楽しめます。

それでも私は、意識的に文庫本を持ち歩くようになりました。

そこには、いくつか理由があります。

車内で見た、同じ光景への違和感

きっかけは、現代では当たり前になった電車内の風景でした。

横一列に並ぶ七人掛けのシートを見ると、ほぼ全員がスマートフォンを操作しています。

動画を見ている人。

オンラインゲームをしている人。

ビデオ通話をしながら笑っている人。

SNSを眺め続ける人。

駅のホームで電車を待っている人たちも同じです。

一人ひとりが、それぞれ別の世界へ入り込んでいます。

その光景を見続けているうちに、何とも言えない違和感を覚えるようになりました。

そして、私はその流れから少し距離を置いてみたくなったのです。

本には、日本語の奥行きがある

もう一つの理由は、日本語そのものの美しさを改めて感じたくなったからです。

特に小説や随筆を読んでいると、職業作家の言葉の選び方に驚かされます。

ほんの数行読むだけで、風景が頭の中に浮かび、人の表情や空気までも想像できることがあります。

同じ出来事でも、使う言葉が違うだけで、これほど情景が変わるのかと感心させられます。

まさに「言霊」という言葉がふさわしい世界です。

頭の中で文章を読む心地よさ

紙の本には、スマートフォンにはない読みやすさがあります。

文字の大きさも適度で、長時間読んでも目が疲れにくいように感じます。

そして、本を読んでいる時、私は自然と文章を頭の中で復唱しています。

言葉を一つひとつ噛みしめながら読む感覚は、とても心地よいものです。

脳の中で文章を組み立て、情景を想像し、自分なりの世界を作っていく。

それは動画を眺める時間とは違う、静かな知的刺激を与えてくれます。

「考える時間」を持つということ

スマートフォンは便利ですが、次々と新しい情報が流れ込んできます。

一方、本はページをめくる速度も、自分自身で決められます。

気になった一文があれば立ち止まり、考え、何度でも読み返すことができます。

情報を消費するのではなく、自分の中へゆっくり取り込んでいく感覚があります。

電車で本を読む時間は、私にとって「考える時間」を取り戻す時間にもなっています。

便利さとの付き合い方

もちろん、困ることもあります。

スマートフォンを見る時間が減ったため、知人から送られてきたLINEメッセージに気付くのが遅くなることがあります。

「返信が遅いね」と言われることも少なくありません。

便利な時代だからこそ、リアルタイムのやり取りが当たり前になっています。

その点では多少の不便さも感じています。

バランスを取りながら付き合いたい

私はスマートフォンを否定しているわけではありません。

現代社会に欠かせない便利な道具ですし、その恩恵も日々受けています。

ただ、便利だからこそ、少し距離を置く時間も必要なのではないかと思うようになりました。

本を読む時間。

言葉を味わう時間。

静かに考える時間。

そんな時間を持ちながら、これからもスマートフォンとは上手にバランスを取り、付き合っていきたいと思っています。