できるだけ「疲れた」と口にしない
私は日頃から、できるだけ「疲れた」という言葉を口にしないよう心掛けています。
もちろん、人間ですから精神的に疲れる日もあれば、肉体的に疲れる日もあります。
しかし、その疲れを乗り越える力は、日頃から積み重ねてきた基礎体力に大きく左右されると私は考えています。
だからこそ、「疲れた」と言う前に、自分の体力という土台を見直すようにしています。
疲れは人と比較できない
ゲームのキャラクターのように、「体力があと30%」「精神力が50%」というように数値化できれば分かりやすいでしょう。
しかし現実の疲れは目に見えません。
同じ出来事でも平気な人もいれば、大きな負担に感じる人もいます。
つまり、疲れは他人と比較できるものではなく、自分自身との向き合い方が大切なのだと思います。
気持ち次第で疲れ方は変わる
不思議なことに、同じ身体の状態でも気持ちによって疲れの感じ方は大きく変わります。
楽しい旅行では一日中歩いても平気なのに、気が進まない用事では少し動いただけで疲れを感じることがあります。
つまり、心の持ち方は疲労感に大きく影響します。
しかし、その前提として、心を支える体力がなければ、気持ちだけで乗り越えることは難しいでしょう。
若さとは回復力でもある
若い頃は、特別なことを意識しなくても体力があります。
多少無理をしても、一晩眠れば回復することも珍しくありません。
しかし年齢を重ねると、その回復力は少しずつ変わってきます。
体力が落ちた状態で精神的なダメージまで重なると、疲れは何倍にも大きく感じられるようになります。
だからこそ、年齢を重ねるほど体力づくりが重要になるのだと思います。
人生には必ず転ぶ時がある
生きていれば、思い通りにならないことは必ずあります。
仕事の失敗。
人間関係の悩み。
病気やお金の問題。
誰もが、様々なトラブルや挫折を経験します。
それらを完全に避けて生きることはできません。
だから私は、こんな言葉を大切にしています。
「人生には転ぶことはある。しかし、体力という土台を鍛え続ければ、何度でも立ち上がれる。」
この言葉は、今の私の生き方そのものです。
運動習慣にスランプはない
運動には不思議な力があります。
仕事が忙しい日もあります。
嫌な出来事があった日もあります。
落ち込む日もあります。
それでも、少し走れば気持ちが前を向き始めます。
もちろん速く走る必要はありません。
大切なのは、「続けること」です。
だから私は、
「運動習慣にスランプなし」
という言葉を、自分自身への合言葉にしています。
運動は、才能ではなく習慣です。
習慣になってしまえば、どんな状況でも続けることができます。
人生の土台として走り続ける
今では、「どんな状況でも人生の土台として走る」という考え方が、自分の中にしっかり根付いてきました。
運動は健康のためだけではありません。
仕事を続けるため。
趣味を楽しむため。
人との出会いを楽しむため。
そして、苦しい時に立ち上がるためです。
私にとって運動は、人生全体を支える基礎工事のような存在になっています。
苦しい時間は通過点に過ぎない
人生には苦しい時期があります。
しかし、その場所がゴールではありません。
その先には、必ず新しい景色があります。
楽しい未来を思い描きながら、その途中を歩いているだけなのです。
だからこそ私は、どんな時でも体力を磨き続けたいと思っています。
今日もまた一歩走る。
その積み重ねが、未来の自分を支えてくれると信じています。
