1960年代、私が小学生だった頃
1960年代中頃、私は小学校の低学年でした。
小学校へ入学した当時、朝になると決められた場所に1年生から6年生までが集まり、みんなで集団登校していました。
通学路には畑や田んぼがあり、あぜ道のような場所を歩いた記憶もあります。
当時の私から見ると、6年生は随分と大きく、立派な大人に近い存在に見えました。
上級生が下級生の面倒を見るのも、ごく自然なことでした。
今振り返ると、子供たちの間にも、小さな社会ができていたように思います。
田んぼは、子供たちの遊び場だった
小学生の頃は、近所の田んぼに勝手に入って野球をしていました。
もちろん、持ち主から使用許可をもらった記憶などありません。
それでも、不思議と誰かに怒られた記憶がないのです。
今では考えにくいことですが、当時は地域全体が子供たちの遊び場のようなものでした。
少し高台になった木の生い茂る場所へ登るだけでも、私たちにとっては大冒険でした。
遠くへ旅行しなくても、身近な場所に探検する楽しさがありました。
田んぼ、用水路、小川、雑木林。
そんな風景が、子供時代の記憶の中に今でも残っています。
半世紀後、田んぼは見事な住宅街になった
それから半世紀以上が経ちました。
かつて野球をしていた田んぼは、今では見事な住宅街になっています。
それなりの幅があった川や、小川、用水路も、昔の姿をほとんど確認できません。
暗渠になったのか、埋め立てられたのか、あるいは流路が変わったのか。
少なくとも、私の記憶にある水辺の風景は消えてしまいました。
その場所を見るたびに、
「よく、こんな湿地帯に家が建ったなあ。」
と感心してしまいます。
子供の頃の地面の状態を知っているだけに、立派な住宅が並んでいる光景には、何とも不思議な気持ちになります。
大雨の日には、やはり水はけが悪いらしい
地元に残っている実弟に、その地域のことを聞いてみました。
すると、やはり大雨の時には水はけが悪いそうです。
「やっぱり。」
思わずそう感じました。
もちろん、現在の住宅地には排水設備や造成工事が施されています。
昔の田んぼだったからといって、必ずしも住宅地として不適切というわけではありません。
しかし、土地が本来持っていた性質は、簡単には消えないのでしょう。
建物や道路が新しくなっても、地形そのものには長い歴史があります。
私は昔から、地名が気になる
そんな経験もあって、私は昔から土地の名前を意識することがあります。
例えば「沼」「池」といった文字が付いている地名です。
どうしても、かつて水が集まっていた場所や、湿地だった可能性を想像してしまいます。
反対に「寺」という文字が入っている地名を見ると、何となく地盤がしっかりしていそうな印象を受けます。
何百年も存続している寺院や神社の周辺なら、昔から比較的安定した土地が選ばれていたのではないか。
そんなことを考えるのです。
ただし、これはあくまで地名から受ける印象です。
寺社が低地や川沿いに建てられている例もありますし、地名だけで地盤の良し悪しを判断することはできません。
それでも、地名は土地の過去を調べるための面白い手掛かりになると思っています。
なぜ谷や沼の周辺に、栄えた町が多いのだろう
一方で、不思議に思うこともあります。
「谷」「沼」「池」といった地名の周辺には、低地でありながら、昔から町が発展している場所も少なくないように感じます。
普通に考えれば、高台の方が水害の心配は少なそうです。
それなのに、なぜ低い土地に人が集まるのでしょう。
考えてみれば、昔の人々にとって水は生活に欠かせないものでした。
川の近くには農業用水があり、平坦な土地は耕作や道路の整備にも便利です。
川を使った物資の運搬が、町の発展を支えた地域もあります。
つまり、人が暮らすのに便利な場所と、自然災害に強い場所は、必ずしも一致しないのでしょう。
便利だから人が集まり、町が発展する。
しかし、その土地には昔からの水の問題が残っている。
そんなこともあるのだと思います。
不動産を持って、土地の性質を実感した
私自身、賃貸不動産を所有してきた経験から、土地の性質には随分と関心を持つようになりました。
昨年まで所有していた平屋4棟の物件があった場所は、「蒲沼」という地名でした。
もともとは田んぼだった土地です。
そして実際に、雨が降ると水はけが悪く、管理には苦労しました。
「蒲沼」という地名を見れば、水辺や湿地を連想します。
もちろん名前だけで判断することはできませんが、実際の土地の状態と重なるものがありました。
不動産は、建物の見た目や価格だけでは分からないことがたくさんあります。
晴れた日に見学して何も問題がなくても、大雨の日にはまったく違う表情を見せることがあります。
現在は「富」という地名の高台に安心感がある
現在の住まいは、「富」という文字が付いた地名の高台にあります。
以前の低地の物件と比べると、地形的な安心感は大きく違います。
特に大雨の時などは、高台に住んでいることのありがたさを感じます。
ただし、高台なら何でも安全というわけではありません。
斜面に近ければ土砂災害の心配もありますし、造成された土地なら盛土や擁壁の状態も重要です。
結局は、地名だけでなく、地形、地盤、過去の土地利用などを合わせて見る必要があるのでしょう。
土地の価格には、どこまで地盤の条件が反映されるのか
こうした経験から、土地を購入する際の価格についても考えるようになりました。
駅から近い。
買い物に便利。
道路が広い。
日当たりが良い。
不動産の価格には、さまざまな条件が反映されます。
しかし、地盤や水はけといった土地の性質は、購入する人にどこまで意識されているのでしょう。
もちろん災害リスクも価格に影響しますが、利便性の高い低地が、高台より高額になることもあります。
私なら、見た目の良さだけではなく、その土地が昔どのような場所だったのかも調べてみたいと思います。
昔の地名には、土地の記憶が残っている
最近は市町村合併や住居表示の変更などによって、昔の地名が分かりにくくなっている場所もあります。
新しい地名は分かりやすく、響きの良いものが選ばれることもあるでしょう。
それ自体が悪いとは思いません。
しかし、私はできるだけ昔からの情緒ある地名を残してほしいと思っています。
地名は、単なる住所ではありません。
そこに昔、何があったのか。
どのような地形だったのか。
人々がどんな暮らしをしていたのか。
そんな歴史が、短い名前の中に残されていることがあります。
消えた風景を、地名だけが覚えている
私が小学生だった頃、田んぼの中で野球をし、あぜ道を歩き、木の生えた高台を探検していました。
あの頃の小川や用水路は、今ではほとんど姿を消しました。
住宅が建ち、道路が整備され、昔の風景を知らない人たちが普通に暮らしています。
それは町が発展してきた証しでもあります。
しかし、私の頭の中には、今でも60年近く前の風景が残っています。
「あそこは昔、田んぼだった。」
「あの辺りには、小川が流れていた。」
今の住宅街を見ながら、そんな昔の景色を重ねてしまいます。
そして時には、地名だけがその土地の昔の姿を伝えていることがあります。
だから私は、古い地名を簡単に消してほしくないのです。
人間の記憶は、世代が変われば少しずつ失われていきます。
しかし地名が残っていれば、何十年、何百年後の人でも、その土地の過去に興味を持つきっかけになります。
子供の頃には何も考えずに走り回っていた田んぼやあぜ道。
半世紀以上が過ぎた今になって、あの何気ない風景が、土地の歴史を教えてくれていたのだと感じています。
