なぜ昭和の少年たちは「悪」に憧れたのか? ― 1970年代の不良文化と、中身のない格好よさ

カルチャー

1970年代、少年少女はなぜ「怖く」見せたかったのか

1970年代、少年少女の間には独特の不良文化がありました。

リーゼント、長ラン、ボンタン、女子生徒のロングスカート、暴走族、シャコタン、そして任侠映画への憧れ。

私自身も、1970年代には一応、不良っぽい格好を経験しました。

今振り返って不思議に思うのは、当時の少年少女たちが、なぜわざわざ自分を「怖く」「悪く」「威圧的」に見せようとしたのかということです。

現在の感覚からすると、何とも奇妙な流行だったようにも思えます。

しかし、当時の社会背景を考えると、単なる反抗や非行だけでは説明できない部分があるように感じます。

高度経済成長と、少年たちの心の変化

1970年代の日本は、高度経済成長によって社会が大きく変化した直後の時代でした。

生活は豊かになり、テレビや雑誌から大量の情報が流れ込み、若者独自の文化も急速に広がっていきました。

一方で、学校や家庭には、それまでの価値観や厳しい上下関係が残っていました。

社会は急速に変わっているのに、大人たちの考え方は必ずしも同じ速度では変わらない。

そんな時代の中で、自分の居場所や存在価値を見つけられない少年たちもいたのではないでしょうか。
しかし、急激な社会変化と、思春期特有の不安定さが重なったことは、不良文化を考える一つの視点になると思います。

学校とは別の世界で、自分の価値を証明したかった

私は、不良グループには独特の承認欲求があったのではないかと思っています。

学校では、勉強や運動、生活態度などによって評価されます。

しかし、そうした世界で自分の存在を認めてもらえない少年にとって、不良グループは別の価値観を持つ居場所になり得ます。

教師に逆らえば、仲間から注目される。

派手な格好をすれば、学校中の視線を集められる。

危険な行動をすれば、仲間から度胸があると認められる。

つまり、学校が決めた序列とは別の世界で、自分の価値を証明しようとしたのではないでしょうか。

問題は、その評価を得るために、行動が次第に過激になってしまうことです。

若さゆえの有り余るエネルギーが、間違った方向へ向かってしまうこともあったのでしょう。

任侠映画が描いた「強い男」への憧れ

当時の少年たちが憧れたものの一つに、任侠映画の世界があります。

筋を通す男、権力に屈しない男、仲間を大切にする男。

映画の中では、そうした人物が魅力的に描かれていました。

少年たちが憧れたのは、社会の規則に縛られない「強い男」の姿だったのかもしれません。

しかし、映画の任侠世界と現実の暴力団は、まったく別物です。

映画によって美化された男性像を、少年たちが自分なりに解釈し、外見や振る舞いだけを真似していた部分もあったのでしょう。

今思えば、ずいぶん表面的な格好よさだったようにも感じます。

暴走族とオートバイが象徴した自由

オートバイも、当時の不良文化を象徴する存在でした。

学校や家庭では、自分の思い通りにならないことが多い。

しかし、オートバイに乗れば、自分の意思で好きな場所へ走っていける。

そこに仲間が加わり、集団で走ることで強い一体感が生まれます。

さらに、改造によって自分の個性を主張する。

シャコタンなどの改造車文化にも、周囲とは違う自分を見せたいという心理があったのでしょう。

もっとも、騒音や危険運転によって周囲に迷惑を掛ける行為まで、自由や個性として肯定できるものではありません。

本人たちが格好いいと思っていた行動も、周囲から見れば単なる迷惑行為だったことは少なくなかったと思います。

校内暴力が社会問題になった時代

1970年代後半から1980年代前半にかけて、校内暴力は深刻な社会問題となりました。

教師への暴力、学校設備の破壊、生徒同士の暴力。

当時は、教師が強い権威を持ち、体罰や威圧的な指導も珍しくありませんでした。

一方で、生徒たちの価値観は急速に変化していました。

学校側は従来の規律や集団管理を重視し、生徒たちはそれに反発する。

その結果、教師と生徒の間で衝突が生じやすくなった面もあったと思います。

もちろん、どのような事情があっても暴力が正当化されるわけではありません。

ただ、力で押さえつけようとする大人と、力で反抗しようとする少年たち。

そこには、お互いの未熟さや、時代特有の問題もあったのではないでしょうか。

実際の不良は、映画ほど格好よくなかった

私自身、当時は多少なりとも不良グループとの交流がありました。

その経験から言えば、私は不良文化に対して、今ではかなり否定的です。

映画に登場するような、信念を持った格好いい不良など、現実にはあまり見かけませんでした。

私が知っていた範囲では、何かを始めても結果が出なければすぐに飽きる。

少し面倒になると「かったるい」「だるい」と言って投げ出す。

そんな姿も少なくありませんでした。

外見は威圧的でも、内面まで強いとは限りません。

むしろ、自分に自信がないからこそ、強そうに見せる必要があったのかもしれません。

今振り返ると、私の周囲の不良文化は、随分と中身のない格好よさを競っていたようにも思えます。

本当に強い人間とは何だったのか

若い頃は、他人を威圧できることや、周囲から怖がられることを強さと勘違いする場合があります。

しかし、大人になってみると、本当の強さはまったく別のところにあるように思います。

自分の感情をコントロールできること。

面倒なことから逃げずに、努力を続けられること。

他人の立場を理解し、必要な時には自分を抑えられること。

そうした内面的な強さこそ、人間としての成熟につながるのでしょう。

リーゼントや長ランで自分を大きく見せることと、人間として大きくなることは、まったく違います。

同じエネルギーを、別の方向へ向けた少年たち

一方で、同じ時代を生きた少年たちの中には、有り余るエネルギーをスポーツや勉強、芸術などに向けた人も大勢いました。

厳しい練習に耐え、技術を磨き、成功体験を積み重ねていく。

そこには、不良グループの中で得られる一時的な注目とは違う、自分自身への確かな自信が生まれたことでしょう。

思春期のエネルギーそのものが悪いわけではありません。

問題は、そのエネルギーをどこへ向けるかということだったのだと思います。

あの時代こそ、大人が真剣に向き合う必要があった

今になって思うのは、1970年代こそ、最も親や教師が未成年と真剣に向き合うことが必要な時代だったのではないかということです。

放任された少年は、自分の居場所を求めて、存在を認めてくれる集団へ向かうことがあります。

その集団が不良グループであれば、仲間に認められるために、後先を考えず危険な行動へ走ることもあるでしょう。

もちろん、厳しく叱れば解決するという単純な話ではありません。

少年が何を考え、何に不満を感じ、何を求めているのか。

そこに関心を持ち、真剣に話を聞く大人の存在が必要だったのだと思います。

急速に変化する社会の中で、少年たち自身も、自分の気持ちをうまく整理できなかったのかもしれません。

そんな時に、自分と向き合ってくれる大人がいるかどうか。

それは、少年のその後の人生を左右するほど重要なことだった可能性があります。

不良だった少年たちも、やがて大人になる

もちろん、当時不良だった人たちが、そのまま不良であり続けたわけではありません。

社会に出て、自分の未熟さに気づき、軌道修正した人も大勢いるでしょう。

仕事を覚え、家庭を持ち、責任ある立場になっていく。

そして、かつての無茶な行動を、懐かしい武勇伝として語る人もいるかもしれません。

ただ、本人にとっては笑い話でも、迷惑を掛けられた側にとっては、必ずしも良い思い出ではないでしょう。

青春時代の過ちを懐かしむことと、その行為を正当化することは別だと思います。

中身のない格好よさ。それでも、これも青春だった

1970年代の不良文化を振り返ると、私は懐かしさと同時に、何とも言えない空虚さを感じます。

強そうに見せること。

悪そうに振る舞うこと。

周囲から注目されること。

それらに一生懸命になっていた少年たちは、結局、何を手に入れようとしていたのでしょう。

今の私には、自分の存在を認めてもらいたいという、未熟で切実な欲求があったように思えます。

私自身も、あの時代の空気の中で、不良っぽい格好をした一人です。

だからこそ、単純に他人事として批判するつもりはありません。

ただ、半世紀以上が過ぎた今、あの頃の自分たちを冷静に振り返ると、ずいぶん中身のない格好よさに憧れていたものだと思います。

それでも、当時の少年たちは、自分なりに必死で生きていたのでしょう。

何が格好よくて、何が本当に価値のあることなのか。

そんなことも分からないまま、背伸びをして大人になろうとしていたのかもしれません。

今となっては、少し滑稽で、少し懐かしい時代です。

中身のない格好よさに憧れた時代。しかし、これもまた、私たちの青春だったのです。